◆善行寺 豆知識◆

鶴亀の燭台
 おつとめをする時には、ローソクに火をつけます。火を消す時は、ローソク消しで火を消します。それがない場合は、口で吹き消すことなく、手であおぎ消します。

 「どう考えても、私の人生はすばらしいと、思えない人」。
 「どうも、私の人生はおもしろくない」という方がおられます。こういうのは、暗い世界です。暗い世界では何を考えるかというと、一生涯自分をかっこよくすることしか考えません。中味は、カラッポで暗い世界なので、外側だけはお面をかぶって、美しく飾りかっこよく見せていこうとします。しかし、そのように生きるには、他を犠牲にし、はたに迷惑をかけなければ、生きていけないのです。いいことがあるためには、どんなにはたに迷惑をかけ、苦しめていることか。かっこつけるためには、どんなことをしでかすか分りません。どんなことも、仕出かすようなものを、私達は心の中に持っています。人様の前に、自分の心の姿を出すことのできない、はずかしいものをいつも心の中に持ちつづけております。

 そういうことを通しながら、かえってそうであるが故に、むしろ私達は縁があって阿弥陀さまの教えを聞くという、ご縁をいただくのです。ご縁にあってみれば、そういう人間にこそ阿弥陀さまの光りが、そそがれていたことが知らされます。やはり、一生涯かっこよくしようとする自分と一緒に、生きていかねばなりませんが、しかしその自分をあくことなく照らしておられる阿弥陀さまの光りというものに、いつもあわせて頂けるのです。闇の所にこそ、光りが輝いています。

 心の闇、そこに闇を闇と知らしめる阿弥陀さまの光りの深さ、光りはそこにきています。闇の底に、阿弥陀さまの光りが輝いているという目覚め、それでこそ私の上にどのような事が起こっても、その一つ一つを縁として、そこに阿弥陀さまの光りに出会い、ひたすら阿弥陀さまの教えを聞いて、精一杯生きていくまことの生き方があります。

 ローソクの光りは、阿弥陀さまの心、智慧の光りを表します。

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